Flit Department of Flipped Learning Technologies 東京大学大学院情報学環・反転学習社会連携講座

2013.10.23 開催

第1回 公開研究会

MOOCと反転授業で変わる21世紀の教育

FLIT Seminar

パネルディスカッション
MOOCと連携した反転授業の今と課題

吉見俊哉 FLIT Seminar

吉見俊哉
東京大学 副学長/大学総合教育研究センター長

山内 フロアの皆様に活発なグループディスカッションをしていただきました。そこから出てきた感想や質問を整理して、パネラーのお二人にぶつけてみたいと思います。
では、Qayoumi学長にお聞きします。

反転授業を成功させる具体的な工夫とは何でしょうか。

Mohammad Qayoumi FLIT Seminar Qayoumi 反転授業では、学生自身のやる気を起こし、積極的な学習者になってもらう必要があります。
なぜ、学ばなくてはいけないのか、学習を日々の生活にどう役立てることができるかを学習者に理解させることが最初の鍵となるでしょう。
2段階目としては、教員側が技術を駆使するということが大事な要素になるといえます。受講者が、どこでつまずくのかを把握すること。それが成功の秘訣と言えるでしょう。

宿題をやってこない(予習をしてこない学生)への対応はどうしたらよいでしょうか。

Qayoumi ピアプレッシャー が大きいと思います。
グループでの取り組みで、個人の貢献度が見られるとその人の誇りやプライド、自尊心にも関わる話となり、受講者はやる気を示すことが多いです。
このグループで学ぶときの、人間の傾向をうまく使って、授業に関与させることが大切だといえるでしょう。

教員サイドの理解や協力はどうやって得たのでしょうか。反対している先生もいるのではないですか。

Qayoumi 意見はまちまちです。サンノゼにおいては、教授陣の中でやる気のある人、熱い人をメンバーに選びました。
学びにおいて大事なのは、自発性だと思っています。なので、MOOCもモジュールの一つとして使うということ、教員の自由度を認めるようにすることを意識しています。

山内 吉見先生に質問です。

日本の学生はこんなに勉強しないのではないのでしょうか。アメリカではアクティブラーニングなども積極的に取り組まれていますが、日本は講義の授業が中心です。日本で反転授業は行われるのでしょうか。

吉見 なぜ日本の学生は勉強しないのかを考えるべきだと思います。就職活動において、勉強をあまり重視しない日本においては、どこの大学に入ったかが重要であるという現状があります。学生達は勉強する理由を見つけられないのです。
本当は出口管理をすることが重要だと思います。だけど、現状ではそれは難しい中で、学年でトコロテン式でなく、カリキュラムの構造化を行い、科目の質を担保すべきだと思います。日本の学生が勉強しないのでなく、システムが悪いと私は思います。大学で学ぶことが何かを考える仕組み作りが大切といえるでしょう。
日本の授業はたしかにインタラクティブじゃないかもしれない。しかし、それをほっといたら日本の大学教育はどうなってしまうのでしょうか?世界で求められているのはインテラクティブな状況中で即座に反応できて、クリエイティブな人です。それも踏まえて、そういった人材を育てるようにしていかないとむしろ日本の大学の未来は厳しいのではと思います。

山内 お二人に質問です。

インタラクティブな授業ができない教員はどうなるのでしょうか?

Qayoumi 教育とは、クラスで聞いたことをオウム返しにできる人を生み出すのでなく、不完全な情報でも太刀打ちできるような能力を人々に身につけさせることだと私は考えます。
PCの出現により、丸暗記する必要はなくなったといえます。今後の学びは、大学で学んだことと実生活で得たこと、その情報をうまく結びつけ新しい知見や解を見つけていくことであるといえるでしょう。
教員も常に新しいアプローチを見つける必要があるといえます。私は3回同じ教材を使うことはしません。3回同じ教材を使うと、2回目、3回目には自動的に授業を進めてしまうからです。教える側としても工夫して新しいことをしなければならないと思います。

吉見俊哉 FLIT Seminar 吉見 2つの観点から答えたいと思います。
1つ目は、未来の教員、研究者の育成についてです。
この形式の教育により、アクティブラーニングのようなインテラクティブな授業に変動していくには10年〜20年かかると思います。よって、20年後に大学の主力になる人がどういう教員、研究者になるかということが重要になると言えるでしょう。そういった観点から見ても、ファカルティ・ディベロプメント(FD)プログラムをこの層に向けて実施していくことが大切だと思います。
吉見俊哉 2つ目は、これは1人ではできないということについてです。
インテラクティブな授業は、1人1人の先生がいかにかわったとしても、1人で授業を受け持つには必ず疲弊がおきてしまうもの、限界があるものだと思います。教員がいて、若手人材を使い、TAやアシスタントがいるチームで教育していくこと。先生のまわりをチームとしてインタラクティブな学びをサポートしていくことが重要になってくるといえるでしょう。大学の教員たちは、研究に、新しい教授法に、アップアップになってしまいます。1人からチームにしない限りこれは成功しないでしょう。

授業が国境を越えるなかで、個々の大学の付加価値や個性はどこにあるといえるでしょうか?同じような授業が膨らんでいくだけになってしまわないでしょうか?

Qayoumi 大学はやはり、その大学が持つ特質を維持すべきだと思います。
同じ音楽があってもアーティストが違えば演奏が全く違うように、各大学もその特質を忘れないことが重要なのではないでしょうか。
現在、様々な教科書が発行されており、複数の大学がそれを使っていますが、それぞれの大学で違った学びが起きています。それが個々の大学の個性だと思います。他にも、教授内容についての個性や、大学生活―都市部にあるか、郊外にあるか、研究に強いのか等―が大学の個性になるといえるでしょう。
全ての大学が同じになったらつまらないですよね。各大学は、特質をキープし、アイデンティティーを保持していくべきだと考えます。

吉見 サンノゼ州立大学は、1857年に創立されており、東大はその約20年後に創立されました。この間の20年は幕末の動きがあり、日本がどんどん新しくなる20年でした。
日本の今の変化はそれと同じくらい大きいものだと思います。大学間のボーダレス化がグローバルにおきている時代において、大学の個性、都市の個性はなにか、個性そのものを考え直す必要があるといえます。
吉見俊哉 大学は甲殻類からむしろ脊椎動物に進化する段階にあるといえるでしょう。個々の大学を1つのカニや、エビだと考えた時に、殻の形だけで中身を問わない状況ではなく、中にある骨そのものの価値が何か問われる時代になったと思います。
1つ1つの大学が殻の中に閉じている必要が本当にあるのでしょうか。むしろ、様々な骨、糸を繋げながら、ひとつの大きな織物をグローバルに織っていく必要があるのではないかと考えます。テクスタイルによって織られる糸が違い、そこに差別化が起きる可能性も充分あります。個々が閉じているというアイデンティティーより、繋がっていく中で発揮される個性を創造していくべきなのではないでしょうか。それができる大学が21世紀に生き残り、個性を持っていくと私は思います。

山内 MOOCも反転授業も、これから始まる変化の1つの波にすぎません。大学は今までにない形態に進化せざるを得ないといえるでしょう。前に座っているお二人でも、答えを明確には持っていませんし、僕自身も分かりません。しかし、10〜20年で変わっていくこのときに、我々は挑戦し続けなくてはなりません。挑戦の連続こそが、大学や教育の未来を切り開いていくのだと思います。
この講座は、始まりにすぎません。今後様々な挑戦にあたり、様々な公開セミナーをしてまいります。皆様とともに学び、挑戦していきたいと思います。

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